エッセイ

思いつくままに…
東音会の皆さま方へ

先だって 色〜んなチラシをみてましたら、東音会の山田先生のお顔が例の懐かしい鼻メガネを通して上目づかいのあの御写真でした。僕が大学に通っていましたころ、お身体がすぐれず、結局僕の4年間を通じて5回(レッスン)でした。でも考えてみると結局おこられてばかりでした。が、自分は、後で考えてみると珠玉の言葉ばかりいただいたと思います。
たしか三年になった冬休みだったと思います。
'四季の山姥'の三下り'冬は谷間に冬ごもる まだ鶯の片言も 梅の蕾の華やかに'のところで鶯の声を三味線で表現した合いの手が入ります。僕はそこを鶯の手だとわかるように'ツツン ツチツンツン'とやや強調して弾きました。すると山田先生が鼻メガネにしてジロっと僕のことをみると、'ませた鶯だね'とおっしゃいました。僕はとたんに、恥ずかしさに汗が噴き出しました。'すいません'と言いました。先生はややあって'わかったんならいいよ'とニコリとなさいました。
まだ鶯の片言という一言で人里に比べて春の遅い足柄山の春を待つ心、それでいて本格的な春の訪れがこない、やはり山の早春の風情を惜しむ日本人の心が浮かんでくる名文句だと思います。花は盛りをのみみるものかは、月は隈なきものをのみみるものかは、遠く、谷崎の陰翳礼賛などを通して、日本人の心をゆたかにしています。それなのに僕が小賢しい考えで鶯の手を弾いたら、片言ではなくなってしまいます。僕は、先生のご指摘を今も忘れることができません。
そんなことを思い出しながら、ポスターの山田先生のお顔を拝見しながら、感傷的になっていました。十一月のその演奏会に伺うことにしました。それだけではありません。色々怒られたことばかりですが、その話はまた、別の機会があればと思っています。ともかく演奏会、楽しみにしております。

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